「失礼します。」
「ああ、雫か。入れ。」
雫。陸はたしかにそう呼んだ。
「あ、はい。」
いきなり名前を呼ばれて、私は不本意ながらも少し嬉しいと感じてしまった。
少し、表情が緩む。
「…どうした?何かいいことでもあったか?」
杉崎陸は、不思議そうにそう聞いた。
「いえ。なんでも。」
気が付くと、私は笑顔でそう答えていた。
この男に笑顔を向けたことなんか、今までなかった。
「…まぁいい。」
杉崎陸は、仕事の邪魔にならないように外されていた鎖を、また首輪につけた。
そしてその鎖を、ベッドの側にある突起に繋いだ。
U字型の太い金属が、壁の低い位置に取り付けてあった。
これは多分、鎖を繋ぐ為に作ったものだろう。
傷1つついていないところを見ると、つい最近作ったもののようだ。
繋ぎ終わると男は、太めの長い定規のようなものを持ってきた。
「え……?」
そして、私の太ももあたりを思いっきり打った。
ばしぃっ!!!
「っきゃぁぁっ」
服の上からだったが、私はあまりの痛さにその場にしゃがみこんだ。
「もう忘れたのか?仕事中以外は四つん這いだと教えなかったか?ん?」
そう言って杉崎陸は、今度は背中や臀部を打った。何度も。
「いやぁっ…痛いっっ…許してっ……」
忘れていた。名前を呼ばれたことで、少し安心してしまった。
こいつがこういう男だと、分かっていたはずなのに。
私は生まれて初めて味わうようなこの激痛から逃れようと、必死になって謝った。
痛いのか熱いのか分からないような感覚。
人間として当たり前の行動をしただけで、どうしてこんな仕打ちを受けなければならないのだろう?
それでも、安心して油断してしまった私が馬鹿だったのだと、自分に言い聞かせるしかなかった。
「…まぁ、今日はこれくらいで許してやるよ。同じ間違いするんじゃねぇぞ?」
暫くして杉崎陸の打つ手が止まり、そう言われた。
「・・・はい…。」
私は痛くて泣きそうになるのを必死でこらえ、そう答えた。
「よし。」
そう言って杉崎陸は、私の頭を撫でた。
予想もしていなかったこの行動で、私はそのまま泣き崩れてしまった。
杉崎陸はそのことには何も触れず、自分のベッドの横を指差して、
「そこにある布団を敷いて、ここに寝ろ。」
と言った。
「朝は俺は9時には家を出るから、8時に起こせ。
で、俺が顔洗ったりしてる間に服を準備、俺の着替えもおまえの仕事だ。分かったな?」
「・・・はい…。」
私は泣いて上手く喋れなかったが、必死で返した。
そうしないと、また何かされるに決まってる。
「寝る時は電気消せよ。」
杉崎陸は、そう言って布団に入った。
私は痛みに耐えながらなんとか布団を敷き、電気を消した。
肉体的にも精神的にもすごく疲れていたせいか、すぐに眠ってしまった。
→→→続く


